「短編」
野崎さんによる小島君観察記

野崎さんによる小島君観察記一話完結(ハイスペックモーター彼氏番外編)

 ←野崎さんによる小島君観察記(ハイスペックモーター彼氏番外編) →萌えについて
 入社三年目を迎えた春、俺の所属するエンジン開発部に一人の新入社員がきた。
「小島光です。宜しくお願いします」
 好感を与えやすそうな柔らかい声音で挨拶をした小島は、わかりやすく緊張していた。
 声質に似合う小島の容姿は、一言で表すならハムスターだ。ネズミとの差を述べろと言われ、世の大半はしっぽの長さとふわふわ感以外にどう説明すればよいのかわからないだろうに、愛玩動物の座を確立している小動物。生涯飼い主を覚えることはないかもしれないのに、餌や水だけでなく、凝った作りのハウスやストレス解消用の回し車まで用意しなければいけない気分にさせる、派手さはないけれど愛くるしいハムスター。小島はまさに、そんな容姿をしている。太っているわけではない。むしろ痩せている。だが、柔らかそうな髪質と、頬だけ肉付きのいい童顔が、庇護欲を誘うハムスターなのだ。
 簡単に自己紹介をする小島を見る同僚たちが、きゅーんという音を鳴らした。耳に聞こえる音ではなく、心から心に伝わる、きゅーんという音だ。俺の心も例にもれず、同じ音を鳴らしたのを、はっきりと覚えている。
 人見知りの気があるらしい小島は、なかなか同僚たちに心を開かなかった。だが、慣れてくるにつれ周囲にアドバイスや助けを求められるようになってきた。そういう場合、小島は恥ずかしそうに話しかけてくる。判らないことがあるのが恥ずかしいらしいが、先輩たちに自然と胸を張らせる、ナチュラルに男心を刺激する態度に、俺たちどころか開発部部長まできゅんとさせられていた。
 そんな小島は、意外なほどはっきりと物を言うときがある。本人は気づいていないようだが、的確な指摘をされると先輩の心はけっこう痛む。だが、やっぱり可愛げのある小島は敵を作らず、むしろ無自覚な飴と鞭で同僚を少しずつ虜にしていった。
 小島の入社を歓迎する、開発部内の飲み会があった。小島は、隣に座る部長にビールを勧められ、
「僕、お酒に弱いので、今日は遠慮します」
 と、はっきり言ってしまった。
 手懐けられ始めていた俺たち同僚も、この平成生まれ発言にはヒヤッとさせられた。が、直後に、
「あの、りんごジュース飲んでもいいですか?」
 と、恥じらい満点に甘ったるいジュースをおねだりする姿にノックアウトされた。そして、ナチュラルに部長にジュースを注文させた小島はこの日、ある種の神化を成し遂げた。
 そんな小島の長所の一つは、溢れんばかりの童貞処女感だ。実際の経験はどうでもいい。そう信じさせる清純なイメージが、いいところだ。
 飲み会のコールを覚えるのも、女心を知るのもそっちのけで勉強してきた俺たちにとって、小島の無垢感は親近感を抱かせる特大のセールスポイントだ。
 俺や同僚のようにディープな理系男子も、恋とか愛とかにチャレンジする。学生の頃はダサいモサい、酷い場合はキモイとまで言われてきたが、努力実って日本有数の一流企業の花形部署に入り、やっと日の目を見ることができる。
 女子に構ってもらえるようになる理由は、はっきり言うと将来性だ。超有名企業のロゴ入り名刺は、黄門様の印籠ばりの効果を発揮する。合コンなんかもちらほら誘われるようになり、ラッキーな場合は俺たちと合コンがしたいとセッティングしてくれる女子も現れる。有難い話だが、小島のことは誰も誘わない。安定した収入と将来性を念頭に置いている女子と小島を会わせるなんて、能があるのに爪を隠す気はない鷹にハムスターを差し出すのも同然だ。それに、なんといってもお手付きでない感があってこその小島なのだ。
 そんな小島が、黒船と悪評高い男と会ってしまった。デザイン開発部の瀬古達也。名前からしてちょっとチャラそうなのに、見た目もド派手でいけ好かない。せっかく鷹みたいな女子から小島を隠してきたのに、鷲みたいな男に目をつけられるなんて想定外だ。
 恐ろしいのが、小島が瀬古に懐いているところだ。色々言って落ち着かせようとするが、どうも小島は瀬古が気に入ったらしく、聞いてくれない。
 小島、覚えておけよ。お前はハムスターだ。瀬古は鷲、むしろ狼で、ともかく世の女子を食い散らかしていそうな男だぞ。
 心の中で何度も忠告したのに、小島は瀬古と仲良くなってしまった。
 瀬古も瀬古で、小島になにかとちょっかいをかける。
 話しかけるのも順番待ちをしなければいけない、数少ない会社の女子たちが、一様に目をキラキラさせてお前を見ているだろう。イケメンなのはもう認めるから、心のオアシス小島まで俺たちから奪わないでくれ。
 そう視線で訴えても、瀬古は怯みもせず小島にちょっかいをかけ続けた。
 そんなある日、社員駐車場で事件が起こった。
 小島が大怪我をするかもしれない。現場に駆け付けようとするも、小島を助ける術を持たなかった俺の目の前で、瀬古は驚愕の行動に出て小島を守った。
 かっこいい。
 力業で納得させられて、瀬古が小島の友人であることを、許さざるを得なくなった。
 それから数週間、なぜかしばらく落ち込んでいた小島が、元気そうに出社してくる姿を見かけた。清々しく晴れた月曜の朝。挨拶をしようと小島に近づこうとしたとき、小島が瀬古と一緒に出社したことに気付いた。しかも、庭付き一軒家が買えるほど高級な瀬古のポルシェで。
 瀬古の車が、事故のせいで廃車になってしまったのは聞いた。代わりに隠し持っていた他社製品、しかも車好きなら皆が欲しがるようなポルシェに乗って通勤し始めたのも知っている。誰も文句は言えないし、俺も何を言うつもりもない。だが、その車で小島と同伴出社とはどういうことだ。
 きっと、小島がポルシェに乗ってみたいとでも言ったのだろう。小島におねだりされて、断れない気持ちもわかる。だが、月曜の朝、わざわざ小島を迎えに行って出社というのは、親切どころの話じゃないのではないか。
 状況が理解できず、俺は二人の様子を後ろからガン見していた。
 よく見ると、小島は瀬古チョイスとしか思えないスーツ姿だった。借り物ではない、小島の体形にぴったりと合った、色合いまで完璧なコーディネイトだ。
 よせ、小島。垢抜けないのもお前のいいところだぞ。
 瀬古に流されて買ってしまったのか。いや、小島の性格だから、断れなかったわけじゃない。そうなると、小島が自主的に買ったということか。
 だが、小股でもじもじ歩く小島の姿は、どう頑張っても着せられたようにしか見えない。
 瀬古が買い与えたのか。そんなにまでして、小島を子分にしたいのか。
 益々状況が理解できない俺の目の前で、瀬古が強引に小島の肩に腕をまわした。小島は嫌そうに腕を払いのけようとする。
 いや、待て。小島のあの表情――
 嫌というより、照れている。
 男同士で密着するなんて、恥ずかしいよな。わかるぞ小島。
 なんとか納得しようとする俺をよそに、瀬古は小島に顔を寄せて何かを言った。途端に小島の顔が真っ赤になって、細い腕で瀬古を押し退けようとした。
 瀬古が締まりのない顔をしつつも、小島の肩から腕を除けた。が、直後、瞬きしていたら見逃したかもしれない素早さで、ちらっと小島の尻を撫でた。
 セクハラだぞ!
 声に出しそうになったのをなんとか堪えて小島を見ると、耳まで真っ赤にしていた。途端に歩き方がより不自然になって、体中からピンクっぽいオーラのような何かを放出し始めた。
 意味がわからない。
 瀬古を見ると、やたらとすっきりした顔をしている。もう一度小島を見ると、独特な表情で妙に艶っぽい。
 これは、もしかして、要するに……。
 
 月曜の朝一番。皆のオアシス小島の貞操が、世の不平等を詰め込んだような男に奪われたと知った俺の心は、大失恋級の強烈な敗北感にズタボロにされたのだった。
関連記事
スポンサーサイト


総もくじ 3kaku_s_L.png 長編
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編
総もくじ 3kaku_s_L.png YOI二次 
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png 長編
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編
総もくじ  3kaku_s_L.png YOI二次 
  • 【野崎さんによる小島君観察記(ハイスペックモーター彼氏番外編)】へ
  • 【萌えについて】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【野崎さんによる小島君観察記(ハイスペックモーター彼氏番外編)】へ
  • 【萌えについて】へ