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やさしくそっと、近づいて

やさしくそっと、近づいて - お礼SS 本文

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 碧唯の異動通知が来た。中崎とは新居探しを始めていて、互いにとって便利な地域なども目星をつけており、問題なく一緒に暮らす賃貸マンションが決まった。車通勤が主になる中崎の希望で駐車場が併設されている、2LDKだ。
 家具や家電のほとんどは中崎が使っていたものを置くと決めたが、問題はベッドだ。中崎はダブル、碧唯はシングル、寝室は二つあるのでそのまま二台とも持ち込んでもいいと碧唯は思っていたが、それを言うと中崎に寂しそうな顔をされてしまった。
「せっかく同じ家に住むのに、一緒に寝たかったら通い夫するってことか」
 もうすぐ別れを告げる中崎のマンションで、碧唯が用意した朝食を前に、肩を落とす姿を見ていると、ひどいことを言った気分になってくる。碧唯としては、誰かが訪ねてきたときに、ルームシェアの言い訳が立つようにしたほうがいいと思うし、ただ単に大きなベッドを新調しようと言うのが恥ずかしいだけで、決して中崎をがっかりさせたいわけではない。
「使える二台があるのに、廃棄するのは勿体ない気がして」
 本当は、浮かれた勢いのまま二人用のベッドが欲しいと言いたいのに、もっともらしいことを言ってしまった。
 すると中崎は、リラックスした姿勢に戻り、トーストを頬張った。
「遠野のベッドはとりあえず、俺はそろそろ新調しなきゃならないんだ」
「そうなんですか?」
「気づかなかったか? ベッドの真ん中あたりにスプリングが弱くなってる部分があって、そこにケツがはまった状態で寝ると背中が痛くなるんだ」
 昨晩一緒に寝たけれど、特に違和感はなかった。だが、身長差や身体の位置が違ってわからなかっただけかもしれない。
「それは、問題ですね」
 捜査のために一日中歩き回る日だってあるし、腰痛などはデスクワークにも響く。睡眠の質に影響が出ているなら、新しいベッド探しは必須課題となる。
「だろ? 試し寝ができる店があるみたいだから今度一緒に行ってくれよ」
「はい」
 真剣な買い物を望んでいる様子の中崎に、碧唯は笑顔で答えた。すると、整った容貌も嬉しそうな笑みを返してくれた。

 中崎が行きたがっていた寝具専門店には、多様なマットレスが所せましと並んでいた。種類別でディスプレイされているマットレスはどれも、寝転んで寝心地を体感できるようになっている。
 新婚生活を楽しみにしている雰囲気のカップルがちらほら見かけられる店内で、男二人で買い物に来たことに少々緊張している碧唯とは対照的に、中崎は楽しげにマットレスを比較している。
「これ、試したかったやつだ」
 中崎が目を輝かせたのは、低反発マットレスだった。迷わずベーシックモデルに寝転ぶ。
「すごいな。今すぐ寝れそうだ」
 さっきコーヒー店に寄ってきたから、目は冴えているはずなのに、中崎は気持ちよさそうに目を閉じる。
「有名ですもんね。そんなに寝心地がいいんですか」
「遠野も試してみろよ」
 そう言ったのに、中崎は一向にベッドから降りない。展示されているのはダブルサイズだが、人目があるところで隣同士横になるのは抵抗がある。
 どうしたものかと困っていると、穏やかな口調の女性店員が声をかけてきた。
 にこやかに応えながらも動こうとしない中崎はよっぽどこのマットレスがお気に召したようだ。どんな寝心地なのか気になっていると、身体を端に寄せた中崎がマットレスを片手でぽんぽんと叩く。
「遠野も横になってみろって」
 この感動を伝えたいとばかりの表情で言われ、断るに断れなくなった碧唯は、ぎこちなく腰を下ろした。ちらりと女性店員を見ると、特に気にした様子はない。安心した碧唯は、思いきって寝転ぶ。
「あ、すごいです。フィット感みたいな」
 確かに、目を閉じると眠たくなる寝心地だ。
「だろ。人をダメにするってこのことだ」
 くすっと笑った女性店員に、中崎はサイズ展開を訊ねた。
「当店で取り扱っているもので一番大きいのはクイーンサイズです」
 各サイズの幅や長さ、価格の表と、セット購入できるベッドフレームのカタログを持ってくると言って、一旦店員が離れた。
 その隙に、中崎は声を落として碧唯に言う。
「このベッド、静からしいぜ」
「寝返りを打って音がしないところも、安眠に繋がるってことですか」
 低反発フォームは布団同様音が立たないから、それも寝心地のプラス要素ということだろう。納得していると、中崎が不敵に笑う。
「夜中に仲良くハッスルしても、音漏れしないらしいぞ」
「なっ……!」
 置いてある枕を投げつけたいくらい破廉恥な気分になった。頬が赤くなっているのが自分でもわかるけれど、今は中崎の、夜の営みについてのオヤジくさい発言が恥ずかしくて仕方ない。
「外でその顔をするなってば」
「中崎さんが変なこと言うから!」
 ムキになる碧唯を見て声を上げて笑いながらも、中崎はそっと腰を撫でてくる。
「ちょっと!」
「いいじゃないか。一緒に寝ようぜ」
 本気で枕を握りかけたとき、寝室を一緒にしようと言われていることに気づいた。同時に、碧唯がなぜ寝室を分けようと言ったのか、その不安や懸念に気づかれていることもわかった。
「このために、今日ここに来ようって……」
「ベッドを新調したかったのは本当のことだ」
 穏やかな声は、同性間での同棲に気負っていた碧唯の心を、巧みなまでに溶かしていく。
「一緒に寝よう」
 歯を見せて笑う中崎に、絆されないなんて無理だった。素直にこくっと頷けば、嬉しそうな笑顔が返ってくる。
 胸がじんと熱くなったところに、店員が戻ってきた。中崎は堂々とクイーンサイズをリクエストして、ベッドフレームの好みを碧唯に訊く。
 ほんの数か月前まで、同性との恋愛を考えたこともなかったはずなのに、中崎は臆することなくカップルらしいことをしようとする。碧唯との関係に負い目の欠片も感じていないと、大切な場面できっちり伝えてくれる。
 このひとを好きになって、幸せだ。心の底からそう感じた。
 それとなく好みが言えるよう促され、ベッドフレーム選びもスムーズに終わった。会計時には新米刑事の碧唯がドキッとするような支払いが待っていたが、ベテランの粋に片足が入っている中崎は平然としていた。
「思いきりすぎませんか」
 小声で確認すると、中崎は当然のように財布を取りだす。
「趣味がバレーボールと料理だと、結構貯まるんだ」
 確かに、残業や当直手当が多い公務員で、養う家族や出費の嵩む趣味がなければ、たまの贅沢は難しくない。けれど、新生活に合わせた出費にしては高額な気がする。
 碧唯と折半する気がない様子の中崎に、心苦しく感じていると、店員が領収書を作りに席を立った隙に中崎が笑いかけてきた。
「初めて誰かと一緒に暮らしたいと思ったんだ。ちょっとぐらい浮かれてもいいだろ」
 二人で暮らすことを純粋に楽しみにしていると、男前な笑顔が言っている。
 碧唯だって、中崎との同棲をとても楽しみにしている。終わりの日が来てほしくないから、もし誰かが二人の家を訪ねてきたときの対処法を考えていた。けれど、起こるかどうかもわからない日のために毎日を疎かにするなんて、意味がなかったのだとやっと気づいた。
「僕も、浮かれたいんです」
 指先を弄りながら小声で言えば、中崎は白い歯を見せてにこっと笑った。
「それはよかった」
 どうやら、碧唯の慎重が過ぎる性格はお見通しだったようだ。
 気を遣わせてしまった。申し訳なく感じていると、必要な書面に新しい住所と配達希望日をすらすらと書く穏やかな横顔がなんだか嬉しそうで、気を遣わせたことも、小さなことを気にしてしまうことも、全部受け止めてくれる優しさに包まれた。
 よく周りを見てみると、店員の女性も邪推などしている様子はまったくない。それが店員のプロ意識だとしても、不必要に好奇の目を怖がっていては、こうして気持ちの良い買い物ができていることにも気づけないままだ。
 中崎の穏やかさは、同性にしか恋愛感情を抱かない碧唯を落ち着かせてくれる。このひととなら、これからの日々を、明るく楽しく過ごしていける。
 必要な手続きを済ませ、専門店を後にした。予定通り中崎が観たがっていた映画を観にいって、恋人らしいデートができた。
 映画館で、碧唯は思いきって中崎の手を握った。すると、大きな手はやさしくそっと、碧唯の手を握り返した。


2019年 桜部さく
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