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運命の王子と幸福のシュガーパン

お礼SS 本文 -運命の王子と幸福のシュガーパン

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 土曜の夕方は、大岸誠一にとってじれったい時間帯だ。初めてできた恋人から、閉店作業を終えたメールを待つ、すこしもどかしくも有意義なとき。
 毎日頑張り続ける恋人、佐藤恵は、ともかくまっすぐで元気いっぱいだ。だが、若さもあって体力的な限界まで頑張り続ける姿を見てきたから、自分のことは気にせず、ゆっくり休んでほしいとも思ってしまう。
 七時になり、メールが届いた。大岸はすぐさま愛車に乗り、最短距離で友岡町の老舗パン屋、シュガーパンへ向かう。
 店舗の裏にある住居部分の玄関の前で待つと、色素の薄いふわっとした髪を揺らしながら恵が出てきた。運転席から軽い足取りが見えて、その元気さに安堵する。
「お待たせ、誠一さん」
 とびきりの笑顔で助手席に乗り込む恵は、どう見たって疲れている。けれど元気だ。
「着いたばっかりだよ。待ってない」
「自転車で行ける距離なのに、毎週迎えにきてもらってごめんね」
 一秒でも早く会いたいから自主的に迎えにきているのに、一週間の重労働を終えても自転車で会いにきてくれようとする恋人が、愛おしくて仕方ない。
「夜道の自転車は危ないから」
 もっともそうなことしか言えない自分が少々憎い。だが、そんな自分に向けられるのは、嬉しそうな笑顔だ。
「最近、恋人自慢するためのSNSアカウントとか作ろうかなーって思ってて」
「えっ……」
 自慢、自慢とはどういうことだ。思考が追い付かず黙ってしまうと、恵は両手を胸の前で振って苦笑する。
「もちろん匿名で。ほら、僕おしゃべりなのにしゃべる時間ないから、発散? いや、発信? したいなー、なんて」
 誰かに話したいと思うくらい、自分と過ごす時間を特別に感じてくれているということか。
気遣いも下手で、格好をつけることも知らない。気の利いたことも言えないのに、誰かに聞いてほしいと思うくらい、自分との関係に意義を見出してくれているのか。
耐久性に自信があったはずの心臓が、忙しない鼓動を刻み、安全運転に徹するべき頭の中までドキドキと音を響かせる。
自宅に着き、ガレージに車を停めた。車を降りてすぐ、少々斜めに駐車してしまったことに気づく。得意分野のはずなのに、ずれを生じさせるほど、恵の存在はインパクト大だ。
「でも、誠一さんのかっこいいところは、自分だけの秘密にしたい気もして、結局アカウント作らないんですけど」
 助手席から降りてすぐ、そんなことを言われてしまい、柔道有段者の大岸は一発でノックアウトされる。
 自分たちのあいだで起こったことは、二人だけの秘密。三十歳まで童貞を貫くと魔法が使えるようになるという都市伝説の間際にいた自分には、どう喜べばいいのかわからない。
 それくらい、衝撃的で可愛いパンチだった。
「恵くん、いつもと似たような献立だけど、夕飯作ったんだ」
「ありがとう」
 頑張る恋人に対してできる最小限のことをしただけなのに、瞳をハート型に変える勢いで礼を言われ、大岸はまた卒倒しそうになる。
「恵くんこそ、毎週パンを取っておいてくれて、ありがとう」
 日曜の朝は、恵が情熱を込めて作ったパンで始まる。だからせめて、土曜の夜だけでも、休んでほしい。野菜炒めやシチューといった手軽な夕飯しかうまく作れないけれど、せめてと思って用意したものを、週七日中、最低六日頑張る恵は美味しそうに完食した。
「はぁ……、幸せ」
 食器を台所に運ぼうとして、脚の裏で椅子を押したタイミングで言われ、溜息混じりの声が聞き取れなかった。けれど恵の表情を見ると、言ったことがわかった。
 表情豊かで裏表がない性格で、とても正直なひとだから、安心して一緒にいられる。そして、なぜかうまく機能しない表情筋を持つ自分の気持ちを、つぶさに感じ取ってくれるひとだから、ずっとそばにいたいと願う。
 幸せとは、このことだ。
 これも、また言葉にはできなかった。
「風呂、準備するよ。恵くん、先に入って」
 ずっとそばにいたいから、できるかぎり休んでほしい。パン作りの理想や夢、そして現実と向き合いながらひたむきに生きるひとだから、誰よりも何よりも応援している。
 時間を有効に使うため、湯舟の栓はもう閉めてある。台所のパネルを操作し、風呂の湯を張る指示を送ると、残りの皿を運んできた恵が、背後から抱きついてくる。
「誠一さん、一緒にお風呂入ろう」
 ふわふわで香ばしく、可愛らしいパンを焼く元気者は、正直な色気という最強の寝技をかけようとしてくる。
「お皿は、僕が明日洗うから」
 待ちきれないと言われ、張り切らない男がいるものか。
「今すぐ俺が洗うよ」
 負担をかけたくなくて言ったのに、恵は火がついたといわんばかりの、蠱惑的な表情になる。
「今日はあったかい日だし、お風呂のあとはパジャマ着なくてもいいかな」
 本能を直撃する言葉を、恥じらいながらも言えてしまうこの小動物っぽい第一印象の肉食な恋人が、恨めしいくらい好きで好きで仕方ない。
「湯冷めしないように、髪はしっかり乾かしたほうがいい」
 恵の体調に悪影響を与えたくない。その一心で言ったが、背後に密着している身体がふわりと揺れ、一瞬集中力が散漫した。が、即座に最速で皿洗いを終える効率的方法を実践する。
 音を立てすぎず、迅速に隅々まで皿を洗い、かごに並べた。
「恵くん、お風呂入ろう」
 湯舟の準備完了を知らせるパネルからのアナウンスと重なってしまったが、振り向いてはっきりと言えば、可愛い顔立ちが愛らしく、色っぽく笑む。
「誠一さん、大好き」
 鼻腔内の血管を破裂させそうな艶やかさで笑いかけられ、大岸の大岸は正直に反応してしまう。それに気づいた恵は、このあいだまで童貞だった男を、官能へと誘う。
 風呂場で一回、結局髪を乾かす隙がないまま二回も、下手くそながら精いっぱい愛情表現をすれば、可愛いパン職人は幸せそうに眠った。そして翌日午前十一時まで熟睡したのち、大岸が用意した男飯ブランチを、嬉しそうに頬張るのだった。



2020年 1月 
  桜部さく
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