「短編」
チョコとジレンマ

チョコとジレンマ 1

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 中居和樹は、仕事からの帰路、悩んでいた。
 今日はバレンタインだ。恋人のために奮発して、少し高級なチョコレートを買ってきたのだが、運転中の車内には、恋人の早川優に渡せないチョコレートがある。
 年度初めに現在の部署に異動して以来、話すどころか思い出すこともなかった前の所轄にいる女性から、チョコレートを貰ってしまった。優に渡そうと思っているものよりも更に高級なチョコレートは、本気の告白と共に渡されてしまった。
 終業後にわざわざ和樹がいる所轄までやってきた女性は、緊張した面持ちで和樹にチョコレートを渡しながら、ずっと好きだったと言った。断る隙を与えてもらえず、和樹は「ごめん」の一言も言えないまま、小走りで去っていく彼女を見送るしかなかった。
「やっちまったなぁ……」
 断固として受け取らなければよかったと、後悔したのは彼女が車で走り出してから。こういった場面に慣れていない自分を叱咤しつつ家路に就いて、気づけば彼女にどう返事をすればいいのかばかり考えていた。
 ホワイトデーにハンカチか何かを返しつつ丁寧に断るべきか。それとも物を返しては気を持たせてしまうのか。何も返さずただ断ればいいのかとも考えたが、物を貰って何も返さないというのも、気が引ける。
 悩んでいる間に、自宅に着いてしまった。恋人が和樹の帰りを待っているのが、カーテンの隙間から漏れている光でわかる。
 ともかく、貰ったチョコレートは車に置いていこう。和樹は優に渡す紙袋と、弁当袋を持って車外に出た。
 自宅までの短い距離の間に、もう一つ悩んだ。それは、告白された事実を優に隠しておくか否かだ。
わざわざ知らせる必要はない。だが、隠しておくのも後ろめたい。
 和樹は優一筋だし、優もそれをわかっているはずだ。話しても、優を怒らせることはないだろうとは思う。
でもなぁ……。
 ため息をつきつつ無意識に見たのは、弁当袋だ。
優は毎朝弁当を入れてくれる。同棲を始める以前から、自分のために弁当を作っていたから、手間は同じだと和樹の分も用意してくれる。だが、この弁当に隠された意味があるのを、和樹は薄々感じている。
 優が入れてくれる弁当は、ちょっと可愛いのだ。四十歳の和樹が、仕事場で蓋を開けるのに背後を気にしてしまうほど、可愛いのだ。
 キャラ弁などではない、普通の弁当だ。けれど、色合いが明るくて、具の種類が豊富。同僚の愛妻弁当と比較すると、贔屓目を引いても、好感度が格段に高い。
 愛情溢れた弁当は、優の無言の牽制だ。和樹には同棲中の恋人がいると、ある意味一番効果的な手段で主張している。
 手作り弁当は嬉しい。その上、普段おとなしい恋人の独占欲を感じるなんて、いじらしくて可愛くて仕方がない。だからこそ、毎日努力してくれている恋人に、今日の出来事を話すか否かを悩んでしまう。
「ただいま」
 玄関に入ると、良い匂いが鼻をくすぐる。料理上手な優の、手料理の匂いだ。
「おかえりなさい」
 廊下の突き当りにあるLDKから声がした。いつもなら廊下に顔を覗かせてくれるが、今は手が離せないらしい。
 廊下を歩きつつ、和樹は悩むのを止めた。告白された件については、今日話さなくてもいい。ホワイトデーまでにタイミングがあれば話せばいい。
 今夜は、優とのバレンタインを楽しみたい。年明けからしばらく忙しくて、恋人らしい時間はあまりとれなかったから、今夜は良い理由もあるし思いきり恋人らしく過ごしたい。
 それに。
 LDKに入る直前、不埒な期待が膨らんだ。恋人の時間イコールそちらに意識が向いてしまうのを内心自嘲しつつ、和樹はLDKに入った。優は和樹を見てもう一度「おかえりなさい」と言ってくれる。
 一回り年下の恋人は、真面目で律儀な性格だから、一緒に住み始めて半年ほど経つ今も、和樹に敬語で話してくる。
「遅くなってごめんな」
 言いながらダイニングテーブルを見ると、豪華な夕飯が並んでいた。
「うまそう」
 思わずそう言った和樹に、優は照れた笑みを向けた。
「レシピを調べたら、色々作りたくなって」
 オーブンレンジから取り出したグラタンをテーブルに置いた優が、和樹に駆け寄ってくる。
「ありがとう」
 細い身体を抱きしめると、柔らかく抱きしめ返された。自然と鼻先にきたつむじから、清潔なシャンプーの匂いがする。
「これ、うまそうだったから」
 身体を離しつつ手に持っていた紙袋を渡すと、有名なブランド名を見て優の目が輝いた。
 数日前、優と二人でテレビを観ていると、チョコレート特集が流れた。一粒三百円ほどするチョコレートを観て、優は食べたそうな顔をした。でも欲しいと言えない、過ぎるほど慎ましい優だから、どうしても渡したかった。
「嬉しい」
 頬を染めてそう言った優の表情を見て、嬉しいのは自分だと和樹は思った。
 せっかくだからと、二十粒ほど入った箱を買ってきていた。有難そうに箱を開ける優は、その見た目も洒落た中身を見て更に喜んだ。
 可愛いなぁ。
 付き合い始めてからもう一年以上が経っている。それなのに、優のことを可愛いと思わない日はない。
 テーブルについて、優の手料理を食べ始めると、美味しくて胸の中がじんと温まる。優しい味付けは優の性格を物語っていて、これを毎日食べられる自分は本当に幸せ者だと思う。
 優と出会うまで、同性と交際するなんて、想像もしたことがなかった。判りやすい弊害や細かいところで出てくる問題が、気にならなかったわけじゃない。
 それでも、優と一緒に暮らしたい。そう思った。
 それなりに危険の伴う刑事という職業、しかもノンキャリア。残業だらけで休日出勤も多い。その上バツイチの自分に、意外なほどの劣等感を抱いていたことに気づいたのは、優に同棲を申し込む時だった。
 優に幸せだと感じてほしい。そう願うからこそ、「一緒に住もう」の一言がなかなか言えなかった。
「うまいっ」
 スープを一口食べて、和樹は思わずそう言っていた。勢いよくスープを口に運ぶ和樹を見て、優は照れながら嬉しそうに笑った。
 やっぱり、可愛いなぁ。
 グラタンを口に入れながら、和樹は何度思っても飽きないことを、心の中で呟いた。
「なにこのグラタン。すっげぇうまい」
 語彙力は乏しいが心の底からそう言うと、優は「レシピが当たりだったのかも」と謙遜する。謙虚な恋人は、今すぐ抱きしめたいくらい可愛い。
 今度から、優の隣に座ろうか。椅子は四脚あるのだから、隣に座ればいつでも抱きつくことができる。
 でも、向かい合わせに座るのもやっぱりいい。自分で作った料理の出来の良さに、思わず頬を綻ばせる優の顔を見られるのは、テーブルを挟んだこの距離だからだ。
 二人で夕飯を平らげて、和樹は台所に立った。食器洗いは、和樹の役目。決めたわけではないけれど、優だって働いているからこれくらいしても当然だと思う。
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