「短編」
チョコとジレンマ

チョコとジレンマ 2

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 食器を洗いつつ、ふとカウンターの端を見ると、金属製の籠に菓子が山盛りになっていた。
 その籠には、口寂しい時に食べられるようにと、いつも何かの菓子が入っている。今日は、勤務先の常連である奥様方のアイドル的存在になった優が、職場から大量の菓子を持って帰ってきたようだ。
「優、モッテモテじゃん」
 和樹の言葉を聞いて、テーブルを拭いていた優が苦笑した。「義理チョコですよ」と笑う優は、思い出したように言った。
「和樹さんも、たくさん貰ったんじゃないですか」
 訊かれた途端、例の女性を思い出し、ハッとした和樹の隣には既に優が立っていた。ふきんをキッチンカウンターに置きつつ和樹の顔を覗いている優は、余計なことを言ってしまったと後悔する表情に気づいたはずだ。
「あー、いやー……」
 今日はこの話題に触れないでおこうと思っていたのに。
 おかしな表情の和樹を、優は不思議そうに見ている。
「実は、マジ告白されちまって……」
 義理チョコについてだけ言えばいいのに、結局言ってしまった。優は驚いたような、ちょっと怒ったようにも見える顔をしている。
「まさかって感じだったんだ。早く家に帰りたいな、と思って署を出たら、前に居た所轄の子が突然現れて……」
 詳細まで話す必要がどこにあったのだ。今更ながら自分を叱咤しつつ、ここまで話してしまったのだから、最後まで言ってしまおうと腹を括った。
「今の所轄じゃ、俺に恋人がいるっていう話が結構浸透しててさ。俺が何を言ったわけじゃないけど、独り身にしては小奇麗過ぎるとか言われたり、弁当も羨ましがられたり」
 優が弁当に込めた意味と努力は報われていると、言葉の端に付け加えるところが、自分の小心なところだと思う。優を見ると、納得しようと試みてはいるが、最後まで聞かなければ判断できないといった顔をしている。
「ともかく、その子は俺の近況を知らなかったみたいで。俺も突然だったからうまく反応できなくて、箱菓子渡されてしまってさ」
 徐々に言い訳がましくなっていくが、和樹は続けた。
「慣れてない状況でさ、返事もできないわ、菓子も返せないわで、中途半端なことになって」
 もう優の顔を見る勇気はない。和樹は一番大きな鍋を凝視しつつ言った。
「慣れてないのもあるけど、俺の頭の中は優でいっぱいだからさ。他の誰かに好かれる可能性とか考えてないし、そんなの別にいらないし」
 纏まった考えなどなく、ただ思っていることをひたすら言い続けていると、肩の傍からクスクスと笑い声が聞こえた。
「優?」
 見ると、優は食器を拭きつつ俯いて笑っていた。
「やっぱ、ダサいよな、俺」
 小さな笑い声は、馬鹿にしているようには聞こえない。だが、何も言ってくれないから優がなぜ笑っているのかわからない。
「そんなに変かな」
 不安になりつつ横顔を見た。どうやら優は、和樹の言い訳を面白がっているようだ。
 いや、むしろ喜んでいる。
 確かに、恋人が誰からも相手にされないような人間ではなく、ある程度好意を持たれるほうがいいとは思う。優も、そういった理由で喜んでいるのかとも思ったが、少し違う様子だ。
「まあ、俺がダサくてうまく対応できなかったのは、自分でなんとかするから」
 心配無用だと言うと、優はまだ笑っていた。
 なぜ笑われているのか。よくわからないけれど、優の気分を害したわけではないようだ。
 安堵しつつ、和樹は鍋を洗い終えて食器を拭き始めた。手持無沙汰になった優は、面白そうな表情で和樹を見ていた。
「その人の連絡先、知ってるんですか」
 優に訊かれて、和樹は返事のしようもない可能性にやっと気づいた。
「え、あ、いや、知らない。っていうか、名前もはっきり覚えてない」
 本気で告白してくれた彼女に対し、かなり失礼な自分に気づき、和樹は申し訳ない気持ちになった。
「箱菓子受け取っちまったのに、どうしよう」
 自分でどうにかすると言ったばかりなのに、うまく断れないかもしれないことに気づいてしまった。
 悩み始めた和樹を見て、優が言った。
「返事は、ホワイトデーまで待たなくてもいいと思いますよ。職場の給湯室とかに置ける無難なお菓子に短い手紙でもつけて送ったらどうですか。勤務先、わかるんですよね。あ、でも、名前がわからないのか……」
 優の提案は思ってもみない良案だった。彼女の名前については、それとなく周囲に訊けばわかるだろう。
「それいいな。そうするよ。ありがとう」
 貰った箱菓子の礼はしつつ、硬派な方法で丁寧に断る。優らしい提案のお陰で、懸念が無くなった。
 あ、そうか。
 優が笑っていたのは、和樹が他の誰から好意を寄せられても、優以外を考えないからだ。恋人としての安心感、そして信頼を、はっきりと持ってくれている証拠だ。
「俺は幸せ者だ」
 優に出会えて、本当によかった。今まで何度同じことを思ったかわからない。何度思っても足りないくらい、これほどまでに人を好きになることが、幸せでないなら何だと言うのだ。
 性別なんて関係ない。優という人間が好きだ。
 改めて優と一緒に暮らす幸せをかみしめていると、肩に優しい重みを感じた。顔をそちらに向けると、幸せそうな表情の優が、そこにもたれかかっていた。
「デザート食べますか」
 お、これは。
 今夜のデザートは優かな。なんて思ってしまった。不埒な思考に、自分が嫌いになりそうになる。そんな和樹の思考はお見通しなのか、優がまた笑いつつ冷蔵庫を開けた。
「コーヒーゼリーを作ったんです。和樹さん、甘いのあんまり好きじゃないから」
 取り出したゼリーにホイップクリームをのせ、ココアパウダーをかけた優は、テーブルにゼリーを置いた。優を追いつつ、和樹は余計なことを考えたことに自嘲しながら椅子に座った。
「カフェモカ風のゼリーです」
「なんか、洒落てるな。ありがとう、優」
 合掌してからゼリーを口に運んだ和樹に、優が言った。
「今日は一緒にお風呂入りましょうね」
 手元を見つつそう言った優は、頬を染めて笑っていた。
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